幸せについて考える

私は、結構頻繁に幸せについて考えます。

なぜなら人間が幸せと感じる時の感覚はとても気持ちよく、また味わいたいという中毒性さえあるのです。
割と小さな頃から、誰も望んでいないような妥協をしても、幸せになれないことを知っていました。
それに、人よりも色んなことに対して優れた能力を持っていた方だと思いますし、優れた能力を伸ばすことに限りなく全力を注ぎ、一番になれないと思ったことは真っ向からお断りというタイプの子供でした。
それから、人よりも著しく劣っているものも特にありませんでした。というか、劣等感を味わうことを心から嫌っていたため、そこをくねくねと避けるのだけは何よりもの特技でした。
これだけ聞くと、心の底から性格の悪い人のように聞こえるかもしれませんが(笑)
私はいつも、”成長” そして ”結果” にものすごく執着を持っていたのです。
若さと勢い、そしてちょっと逃げるように海外へ進出した22歳の夏から8年。
私はもうすぐ、30歳の誕生日を迎えます。
30歳を迎えるにあたって、今感じてること、それから今の私の”幸せ”とは、というのをどうかここで共有させてください。
美容師になって10年、ニューヨークにきて6年。
走り続け、働きつくし、本当に素晴らしい時間をまいにち過ごしました。
私は今フロリダの田舎に1週間旅行に来ているのですが、正直私は田舎が嫌いです。
でも今回そんな私は田舎に来たのには、理由があります。
去年の12月から、手荒れが悪化し、3月頭には仕事が出来ないほど傷だらけの手になってしまいました。
病院にも通い、もちろんありとあらゆる物理的ケアを行ってきたのですが、治りませんでした。
湿疹は身体中に広がり、かゆくて眠れない日が続き、ストレスがたまり始めました。
鏡に囲まれて、蛍光灯のバカ明るいヘアサロンで、広がっていく肌の湿疹を隠しながら1日に15人のお客様をひとりでシャンプーからお会計までこなし、売りあげは日本円で言うと190万円以上あげていました。
もちろん、とってもいいお給料をもらっています。(社長、ありがとうございます。)
が、そろそろ、体が悲鳴をあげたのでした。
・・・なんて被害妄想的な文章は嫌いなのでこう言わせてください。
ぶっちゃけ、高く昇りつめすぎました。
私は、手荒れや精神的に病んでいる人を責めたりもしませんが、
失敗は楽しいものだよとお伝えしたいわけではありません。
どう伝えていいのか分かりませんが、私は登りつめるところまで登りつめ、初めて、自分が強い人間ではないことを知りました。これは心のお話です。
私の兄はうつ病でした。私は絶対にそういうタイプではないと思っていましたし、次々と身にかかってくる問題や課題を解決する方法を知っているので、そもそも落ち込むことは時間の無駄、という考えの人間になっていました。
しかし、いまの私は深く傷ついて、落ち込んでいます。
あ、私、仕事に行きたくない。髪を切ることに何も楽しみを見出せない。
けど、仕事を自分からとったら、一体何が残るのだろうか?

頭が真っ白になったとき、もう一度、幸せについて考えました。

 

私には本当に素晴らしい仲間、上司、友達、家族がいます。

助けを求める前に、友達は、家族は、私に手を差し伸べてくれました。

上司は、私の話を一切否定することなく聞いてくれました。

そこで初めて、私は落ち着くことができ、自分には強い意志と、自分が思っていた以上の自制心があることに気づきました。そう、どん底が人生をやり直す強固な土台となりました。

働く時間を減らし、その時間を自分と向き合う時間にあてることで、目の前に見えるもの、耳に飛び込んでくるもの、肌で感じるもの、生きていることで手に入る美しいものが、たくさんあることに気づきました。
空が青いこと、風が髪を揺らすこと、笑顔でいること。
人間であれば誰もがそれを感じる権利があり、そこには何の順位や制限もなく、いつでも、そこにあるもの。
何のために何を犠牲に何を目指して ”頑張る” をしているのか、疑問を持つようになりました。
私は自分以外の何かであるフリをやめ、自分にとって重要な唯一の仕事をやり遂げることに全精力を傾けたいと思うようになりました。
答えはそう簡単には出ません。自分と向き合うことは、一瞬では出来ないのです。
何かにコントロールされていたり、時間やプライドに左右されていると、自分と向き合うことを忘れてしまいます。
自分と向き合う時間も設けていないのに、それが原因で起きた失敗を人のせいにしたり、社会のせいにしたりするのはよくないじゃないか。そんなこと中学校で習ったような気もします。

感謝

美しい言葉ですね。
自分の幸せを考えるときに、誰に感謝したいか考えたことはありますか?
産んでくれた親、愛情をそそぎ育ててくれた家族、長い人生をかけて出会ってきたかけがいのない友達 。
社会に出てあなたを育ててくれている会社、上司、同僚、お客様。
そして、新しい命。子供、孫。
心のそこから湧き出る感謝の気持ちで、空がいっぱいになったとき、私は何で悩んでいるのかよくわからなくなりました。
正直、手荒れは辛いです。もしかしたら、もう二度と美容師は出来ないかもしれません。でも、私はそれでもいいかなって思ったりもします。
本当に本当に落ち込んだ時、助けてくれる人がいて、そうするとまた感謝の気持ちを思い出すことができるのです。
そもそも、私はニューヨークで美容師として、アーティストとして、十分成功してきました。
ニューヨークは、私の人生を変えてくれたのです。
前にもブログで書きましたが、(WWD JAPANにも取り上げていただきましたが、)私は同性愛者で、LGBTQの活動家でもあり、今こうして自分らしくいられるのは、ニューヨークという素晴らしい街に住んでいるおかげです。
もしも私が美容師じゃなかったとしても、ニューヨークに来るまで、
私は “Being gay does not makes less human” (同性愛者でいることは、その人が人間であるという事実を損なうものではありません。)ということすらも知りませんでした。
男性は男性らしく、女性は女性らしく、なんていうルールはこの世にはないことも知りませんでした。
肌の色や、宗教、あなたが誰を愛するかで法的に裁かれたり、暴力や偏見を受けるのは間違っていて、この世に生きるすべての人が、生きる・感じる・信じることを約束されていることを改めて知りました。
LGBTQだけではないですが、今世の中は、少数派であるすべてのひとたちが生きやすい世界へ、新しい特権やあるいは特別な権利を作り出そうとしているのではなく、権利を尊重しようとしているのです。
何十年、何百年前よりも前向きで、謙虚な人たちが集まる時代になった。
奴隷制や、法的な男女不平等制を、変えようという活動がそこらじゅうで行われる世の中になった。(まだまだだし、止まっちゃいけないんですけどね。)
なんでこんなブログを書こうと思ったかって、ぶっちゃけ手荒れがひどくて、仕事休まざるを得なくて、代表の小林Kenに相談したところ、
”ゆっくり休んでください” という超絶心が温まるひとことが返ってきて、私は何ができるだろうと考え、この気持ちを共有しようと思いました。
どのくらいの人が、どんな人がこれを読んでいるかわからないけど、どう感じるかは、すごく気になります。

二度目ですが、ニューヨークという第一線で、私は美容師として、アーティストとして成功してると思います。

でももし、他の何かで成功していたら、自分が本当にやりたい分野で成功する決心がいつまでもつかなかったかもしれません。

30歳目前で、私は自由になったのです。 なぜなら、私の最大の恐怖はすでに現実のものとなり、それでもなお自分は生きていて、こんな恥ずかしいようなブログ書きながら、今頭のなかに思うことは

あぁ、ヘアが好きだな。

ハリーポッターの作者であるJ.K. ローリングがスタンフォード大学の卒業式でスピーチで

 

”資格や履歴書はみなさんの人生ではありません。しかし、あなたがまだ若い学生だとしたら、これから色んなタイプの大人たちに出会い、時にあなた混乱させるでしょう。”
”人生は困難で、複雑で、誰も完全にコントロールできません。そしてそれを知る謙虚さによって人生の浮き沈みを切り抜けることができます。”
というとてもシンプルな言葉で人生を語っています。
彼女は世界でもっとも稼いだ小説家と言われているだけではなく、彼女の言う通り、人に流されてはいけないのです。感謝を忘れず、好きなことに正直になること。
毎日自分がどんなに幸福であるかを忘れないでください。
日本人含め、私たち先進国では、誰もが弁護士を立てて公的裁判を受ける権利がある、民主主義国に住んでいるという幸福です。
そう思うと、小さいことって気にならなくなりませんか?
私は自分の脳みそを今も、これからも、クリエイティブにフル回転させ、人を少しでも幸せにできたらなと思う20代最後のつぶやき(長すぎる)ブログでした。
See you later 🙂
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